渡邊直子です。昨日は小江戸川越、喜多院を見学しました。江戸幕府の第3代将軍 徳川家光の乳母 春日局の江戸城での居室が移転されているからです。元々は江戸城にあったのですね。大奥というと人間関係を描いた時代劇が思い浮かんでしまいます。実際の大奥の人々がどんなだったかは思いを馳せるだけです。

春日局の母の名前は記録がなく『女子』とだけ記載されています。
生まれたからには母親がいたのは事実なのに名前がないなんて…

春日局は大奥というシステムを作った人として知られています。
大奥では男子は将軍と侍医など限られた人しか入れないので
働くのは女子。
多くの女性が大奥で働き収入を得て生活する、
今でいう企業のようなものだったのではないでしょうか。

春日局は現代人のように本を書くこともなく、
ブログやYouTubeで情報発信することもなかったので
本当は何を考えていたのか解らないですね。

265年間も続いた江戸時代。
大奥のシステムを初めに作った人なのだから

もしかしたら春日局は
平和を望み女性の生活の安定を望む人だったのでは
と思うのです。
大きなゴールを持っていたのかもしれませんね。

将軍だって相談したいこともあったでしょう。
誰にも言えないこともあったでしょう。
春日局の部屋を訪れ相談していたかもしれませんね。
春日局は 将軍のコーチだったかも!!

コーチは親を超えた存在だからです。

質問、相談を受け付けています。ちょっとしたことでもいいですよ。

コーチングについて(こちらから)

ブログ記事 良い人間関係が出来るということ(こちらから)